退院後に、患者さんたちはどんな暮らしをしているのか。看護の現場で教鞭を執ってきた西田教授の問題意識は、障がい者の日々の暮らしに向けられていた。患者さんたちにとっては退院こそが新たなスタートであり、退院後の人生の方が長いのだ。調査の結果わかったのは、家に籠もりがちになる人が驚くほど多かったこと。その原因は、さまざまな意味での情報遮断にあった。
「生活の質(=Q.O.L)を高めることができるかどうか。ポイントは、障がいのレベルではないのです。Q.O.Lは、思うように外出できるかどうかにかかっています」 脊髄を損傷された方たちと看護を通じて関わってきた西田教授は、退院後の患者さんたちの暮らしぶりが気になっていた。退院後にばりばりと仕事をこなし生き生きと活動している障がい者がいる一方で、退院してしまうと音沙汰がなくなる人もいる。 「入院中は看護で関わってきた私たちも、退院後に患者さんたちがどのように暮らしているのかまでは掴んでいませんでした。そこで、自宅での暮らしぶりを調査してみたのです」 調査の結果わかったのは、予想外に厳しい現実だったという。 「何とか退院はしたものの、つらい日々を送っている方が多くいます。中でもどちらかといえば女性に、家に閉じこもりがちになる人がたくさんいたのです」 なぜだろうか。そもそも退院できたという事実自体が、それなりに回復したという証ではないのだろうか。 「実態は違うのです。保険制度の改定により、病院側は、とにかく早く退院して欲しいと考えるようになりました。入院が三ヶ月を超えると、がくんと診療点数が下がりますから」 もちろん、まったく回復していない患者を強制的に退院させることはないだろう。しかし、退院の基準に、回復の度合いだけではなく、入院期間が加わることによって、患者さんに不利益が生じている可能性はある。 「実際のところ、十分に回復できないまま退院させられる方もいます。その時点で、すでに問題が生じています。問題をさらに深刻にするのは、いったん退院してしまうと、情報が遮断されてしまうことです」 病院にいれば、同じような障がいを抱えた仲間がいる。お互いに励まし合い、各自が回復に向けて取り組んでいる姿を目にすることもできる。ところが自宅に戻った途端に、そうした仲間との横のつながりが途絶えてしまうのだ。 「男性なら免許を取り、車を運転して、自分で外出されている方がいます。車イスでもバスケットボールなどのスポーツを楽しんでいる方もいる。もちろん仕事をしている方も多い。ところが女性の場合は、家から出にくくなる人もいるのです」 もとより男女で、障がいの程度に根本的な違いがあるわけではない。また、重い障がいを抱えながらも自分なりの工夫を凝らして、一人暮らしをするような方がいる一方で、運転免許を取ることなど考えもしない人がいる。 「免許を取って、車を運転できるようになるだけで、どれぐらい生活に彩りが出るか。外出の介助ぐらい、身内が相手なら気軽に簡単に頼めるだろうというのは、障がい者の視点ではないのです。特に女性は、介助者のことを気遣うあまり、ついつい遠慮してしまいますから」 こうした状況を少しでも改善するためにと西田教授が考えたのが、障がい者の暮らしぶりを映像で紹介することだった。障がいがあっても、元気に暮らしている人、働いている人の姿を目にすることは、人生に前向きに取り組むための大きな力となるはずだ。 「重い障がいを抱えていても食事を自分で作り、一人お風呂に入ったりしている方がいる。もちろん、そのためにはいろいろ工夫をしているわけです。そうした工夫や暮らしぶりを映像で紹介できれば、きっと他の方の参考になるはずです。そこで実際にいろんな方のお宅まで出かけていって、撮影をさせていただきました」 障がい者の暮らしぶりまとめたDVDには、全国各地から引き合いが寄せられたという。 「病院で入院している患者さんにも、見ていただくようにしています。すると、たとえ今は思うように動けなくとも、リハビリに取り組めば、きっと良くなることがわかる。退院後には、自分なりの暮らし方をできること、自分にふさわしい社会復帰をできることなどが具体的に伝わるでしょう」 では、障がい者が自宅に戻り、いざ外出しようとするとどうなるのか。西田教授の問題意識は、必然的に次のテーマへと向けられていった。
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京都府立大学医学部看護学科 |
「障がい者が外出するときに、どれだけの不安を抱えているか、わかりますか」 バリアフリーが社会的な課題となり、ハード面での整備は一昔前に比べれば、ずいぶん進んできてはいる。ところが、まだまだ決定的に欠けているものがある。情報である。 「実際に外出しようと思えば、目的地までの経路がどうなっているのかが気になります。切実なトイレの問題から始まって、途中にはどのようなバリアがあるのか。階段を避けて通れるスロープがあるのかどうかなど、欲しい情報はいくらでもあるわけです」 西田教授の問題意識は『えきペディア』にも共通する。エレベータの設置などハード面でのバリアフリー化が進んでいる地下鉄の駅とはいえ、実際に障がいを持った方たちに話を聞くと、情報がわかりにくくて困るという声が圧倒的に多い。西田教授は、観光都市でもある地元京都の状況の調査を思い立つ。 「脊髄損傷者の方たちと一緒に現場を歩いてみて、観光地の実態がどうなっているのかを調べてみようと思いました」 障がい者の協力を得て始められた調査は、北は舞鶴から南は宇治あたりまで、京都全域を網羅する形で行われた。 「目指したのは、障がい者のための京都案内のバリアフリーマップです。京都府の支援も得て、携帯電話を活用した現地調査を行い、その結果を携帯サイトで提供しました」 完成したサイトは、2009年に一般公開された。同時に障がい者ユーザーに対して使いやすさなどのアンケートも実施された。寄せられたさまざまな改善要望などを受けて、再度取り組まれたのが、この春にも公開される新たな携帯サイトである。 「見やすさということでは、画面の大きなパソコンがいいのかもしれません。しかし私たちは、携帯電話にこだわりました。なぜなら、情報は現場でこそ必要となるものだからです。今いる場所から目標地点までの経路情報こそが、何より求められる情報なのです」 外出先で情報が欲しいとき、手元にあるツールは携帯電話である。 「前回のチャレンジでも、特に地図などはもっと見やすくして欲しいという要望が出ていました。そうした表示面のブラッシュアップに加えて、提供する情報も、より充実させたいと考えました。だから京都全域のガイドではなく、あえて東山地区にエリアを絞り込んだのです。狭く、でも深く、そしてわかりやすくを目指しました」 銀閣寺、南禅寺から知恩院や円山公園など東山地区を8エリアに分け、歩道の広さや段差、障害物の有無などが徹底的に調査された。他にも車イスで使えるトイレや飲食店など約740ヵ所の情報が、写真付きで紹介される予定だ。 「使い方もできるだけ簡単になるよう工夫しました。携帯電話に付いているGPS機能を使って、まず現在地を把握します。そこから目的地を指定すると、途中の経路のバリアフリー情報が表示されようになっています」 経路の状況調査は、バリアフリー情報を掲載したホームページ『ばりかん京都!』を制作・公開している脊髄損傷者グループ(代表:山本英嗣)が担当している。 「31名の車イスユーザーに調査票を渡し、実際に現地に出向いてもらいました。その上でトイレの大きさ、歩道のがたつき具合や勾配のきつさなどを、車イスユーザーの視点でチェックしてもらっています」 地道にチェックすることで、意外な問題点が浮かび上がってきてもいる。 「例えば、いちばんの繁華街・四条河原町近辺は、バリアフリー整備を進めているといいながら、車イスで入れる公的なトイレがありません。交番で尋ねると、近くの百貨店に行ってくださいといわれる有り様です」 排泄は切実な問題である。観光客が集中する新京極界隈も公衆トイレこそ数多くあるものの、車イス対応のトイレは残念ながら皆無だったという。 「また京都といえばお寺ですが、寺によっても設備や対応はずいぶんと違います。一応、バリアフリー対応はとってくれているものの、実際に車イスの方が一人で大丈夫かといえば、坂道の勾配がきつかったりして、ちょっと心許ないところもありますから」 日本を代表する観光地京都に来るのは、健常者ばかりではない。バリアフリー化の進んだ海外からは、京都ほどの観光地ならバリアフリーになっていて当然と考える障がい者も多くやってくるだろう。 「せっかく世界に誇れる観光地なのだから、世界に誇れるバリアフリー観光地にしたいじゃないですか。そのためには、十分な情報提供が必要なことはもちろんのこと、そもそも集客施設そのものも、もう少し障がい者の視点に立ったバリアフリー整備を進める必要があると思いますね」 西田教授がもう一点指摘する問題が、地震など大規模災害時の対応である。京都で代表的な広域避難所となっている、御所や二条城のバリアフリー対応の実態はどうなっているだろうか。 「御所の砂利道をどうやって車イスで移動すればいいのでしょうか。御所の中のトイレは、さすがに車イス対応になっています。でも、トイレまで果たしてたどり着けるかどうか。このあたりのギャップを改善する必要があります」 避難所といえば学校が指定されることが多いが、学校のトイレもバリアフリー対応が完璧とは言えないだろう。まだまだ克服すべき課題は多いようだ。 「とはいえ、例えば新しくできた交番などでは、さりげなく車イス対応のトイレができていたりします。そうした情報はどんどん追加、更新していきたいですね」 今回、公開される携帯サイトについても、今後可能な限り情報更新を行っていく予定だという。 「障がいを持っている方でも、安心して外出できる。そのためにはハードの整備と同時に、情報インフラも整備していく必要があります。設備がなければ話になりませんが、設備があることがわからなければ、やはり意味がありません。情報が果たす役割は、非常に大きいのです」 |
京都府立大学医学部看護学科 |
1991年に創刊された『京都子連れパワーアップ情報』は、7000部があっという間に完売。以降、この情報誌は継続的に発行され、現在は11号が発売中だ。何でもネットの時代にあえて手間もコストもかけて、印刷物を発行し続けるのはなぜだろうか。情報の洪水が情報弱者を生んでいる現状を何とかしたい。そんなNPO法人おふぃすパワーアップの問題意識についてお話を伺った。
「共用品」「共用サービス」は、経済産業省も認める公用語。実はバリアフリーやユニバーサルデザインなどの言葉が、日本に持ち込まれる前から使われている。NPO法人共用品研究会関西は、その「共用品」や「共用サービス」の普及に向けた活動を行っている。目指すのは、バリアフリーが当たり前となっている社会創りだ。
キャッチフレーズは「車いすでおこしやす」。学生プロジェクト『easy京都観光』は、車イスで古都京都を快適に観光するための情報提供に取り組んでいる。同志社女子大学と同志社大学の学生のメンバーが観光コースを実地調査し、その結果をフリーペーパーとウェブサイトで提供する。プロジェクトリーダーの桑原梨紗さんに、活動に賭ける思いを伺った。
障がい者ではなくチャレンジド。「ICTを駆使してユニバーサル社会の実現をめざす」社会福祉法人プロップ・ステーションの理事長を務めるのが竹中ナミさん、通称ナミねぇだ。チャレンジドを含むすべての人が「持てる力を発揮し、支え合うという誇り」を持って生きられる「ユニバーサル社会」の実現をめざすナミねぇに、活動に秘める思いを伺った。
バリアフリートイレの情報をみんなで集め、みんなで更新して、どんどん便利にする。まさにWeb2.0の時代にふさわしいサイトが「Check a Toilet」。 NPO法人Checkを一人で立ち上げ、一人でも多くの人に使ってもらえるよう全国を奔走する金子さんに、その問題意識とバリアフリートイレの現状などを伺いました。