バリアフリーNOW バリアフリーを求めている人、バリアフリーに取り組む人、バリアフリーを考えている人の生の声、活動などをインタビューでお届けします。

vol.3
『外出への抵抗感を少しでも減らしてもらえたら、うれしい』

 キャッチフレーズは「車いすでおこしやす」。学生プロジェクト『easy京都観光』は、車イスで古都京都を快適に観光するための情報提供に取り組んでいる。同志社女子大学と同志社大学の学生のメンバーが観光コースを実地調査し、その結果をフリーペーパーとウェブサイトで提供する。プロジェクトリーダーの桑原梨紗さんに、活動に賭ける思いを伺った。


■第一回『砂利の大きさはどれぐらいなんだろう』

「車いすの方には、どんな情報を提供すればいいのか。プロジェクトは、提供する情報項目を考えることからスタートしました」

もとよりメンバーに車いすユーザーがいるわけではない。企画会議では、若い感性と想像力を頼りにさまざまな項目案が出されたという。

「どんなにゆるい坂に見えたとしても、坂道なら傾斜角度を調べた方がいいのではとか、砂利道については砂利の大きさまで測るべきじゃないかとか。そもそも私たちは、バリアフリーについての専門家ではありません。素人発想だからこそ、思いつく限りの情報を集めようと決めたのです」

寺社仏閣の参道には、たいてい砂利が敷き詰めてある。玉砂利には、宗教的な意味が込められているのだ。ところが車いすユーザーにとって砂利道は、手強いバリアとなる。砂利に埋もれるタイヤを力任せに押して進むのは、大の男でも難しいだろう。

「結果的には、砂利の大きさはほとんど関係ありませんでした。大きさがどうであれ、砂利道を車いすで移動するのは無理だとわかりましたから。ただ、きめ細かく調べる視点は、貴重な気づきを与えてくれました。例えば、ひとくちにバリアフリートイレといっても、場所によって微妙に便座の高さが違うのです」

健常者が便座の高さの微妙な違いに気づくことなど、まずないだろう。しかし車いすユーザーによっては、わずか数センチの高低差のために、トイレを使えないこともある。出先で入ったトイレが、もし使えなかったら……。外出時にはいつも、そんな不安につきまとわれるのが、車いすユーザーである。

「不安があるから、出かけるのがついおっくうになるんですよね。思いきって外出してみたのはいいけれど、トイレが使えなかったらどんな気分になります? 付き添いの人に迷惑かけちゃうなあとか、悪いよなって思ってしまうでしょう。そんなの気にしなくてもいいよっていくら言ってもらっても、心理的な負担は消えない。そこで事前にきめ細かな情報があれば、安心して出かけられるじゃないですか」

桑原さんたちの問題意識は、我々が『えきペディア』立ち上げにあたって抱いていたテーマとまったく同じ。車いすユーザーが出先で立ち往生しないために、何より必要なのが情報である。

「とにかく調査にはみっちり時間をかけました。夏休みを利用して、京都の観光地をできる限り調べて回りました。ほんと毎日暑くて大変で、かき氷を一日二杯食べたりしてがんばりました」

汗まみれになりながらメンバーが調査して回った観光スポットの中には、印刷前、ギリギリの段階で掲載拒否を通知してきたところもあるという。

「観光パンフレットを見るとバリアフリーと書いてあるんです。だから調査に行ったのに、いざとなると掲載しないで欲しいと言う。理由をたずねると、もし私たちのフリーペーパーを見て、実際に車いすの方が来られたら、現実問題としては対応できないからだとか。なんだか悲しい話ですね」

掲載を拒む事情を理解できないこともない。今どきバリアフリーではない、とパンフレットに表示すればネガティブイメージを生みかねない。そこで施設を見直し、必要な設備は整えた。だからといって、いきなり車いすユーザーが訪ねてくると、人的な対応ができないのだろう。トラブルでも起これば、お手上げである。

「物見遊山で巡るのと、調査して回るのとでは、観光地はまったく違う姿を見せることもよくわかりました。いろいろな意味で勉強になりました」

紆余曲折を経ながらも、24ページにまとめられたフリーペーパーは、地元の京都新聞が大きく取りあげた。



第二回『外出を楽しいものにしたい』へ続く


努力と汗の成果のフリーペーパーの表紙



お店紹介のページにはお食事からデザートまで、車椅子で利用できる京都のうまいもの屋さんがずらり。



同志社ローム記念館プロジェクト・easy京都観光 
リーダー 桑原梨紗さん(右)
(同志社女子大学 学芸学部情報メディア学科2回生)
http://e-kan.in/

第二回『外出を楽しいものにしたい』

「実は近しい人に障がい者がいるんです。そのおかげで幼い頃から障がい者の方たちとも、わけ隔てなく付き合って仲良くしていました。だからよけいに、障がい者と社会の間で起こるムダな摩擦が気になっていたのです」

前回のインタビューで竹中ナミさんが「相手のことを障がい者だ、かわいそうだと思った瞬間に、立ち位置が変わってしまう」と強調していた。その意味で桑原さんは、障がいを抱えた方が身近にいたから、彼らと同じ立ち位置で、なおかつ同じ視点から、障がい者と社会の関わりを見ることができたのだろう。

「とはいえ、できあがりに満足しているわけじゃありません。完成したときはそうでもなかったのですが、改めて見れば見るほど、あれができてない、ここも中途半端だって、新しい課題がいくつも出てくるんです。とにかく今年度版は、もっと親しみやくて、わかりやすい誌面にすることが目標ですね」

そのため考えられたのが、実際に車いすユーザーに同行してもらっての調査だ。誌面に車いすユーザーが登場すれば、見るものにはより親しみのわく表現となるだろう。

「もちろん去年も手抜きなんて一切なし、私たちなりに一生懸命に調査したつもりです。とはいっても実際に車いすの方から見て、現状で充分なのかどうかという不安は残っています。私たちが気づかないだけで、車いすの方からすれば、これがバリアなんだよなあという部分もきっとあるはずですから」

現にいま桑原さんたちの手元には、フリーペーパーを配布した先から、さまざまな要望が届いているという。

「なるほどと思ったのが、和食のお店をもっと紹介して欲しいという声でした。フリーペーパーはお年寄りの方も結構見てくださっています。ところが年配の方たちからすると、掲載されているお店が若い人向きに偏っているようなんです。このフリーペーパを見る人たちはどんな人たちが多くて、その人たちはがどんなお店を好むだろうかというところまで意識が回らなかったのですね」

意外な指摘を受けたこともあり、桑原さんたちはアンケートの実施を考えている。

「車いすユーザーはもちろん、観光地で車いすの方を受け入れる人たち、あるいは福祉に携わっている人たちの目から見て、どんな情報があればよいのか。できるだけ多くの視点から情報を集めることが、必要だと気づきました」

根底にあるのは、とにかく『使われるパンフレットにしたい』という強い思いだ。思いの強さが京都新聞を動かし、大きく取り上げられた記事は、さまざまな反響を生んだ。行政機関からも声がかかり、何らかの提携が生まれる可能性もあるという。

「いろいろなところから声をかけてもらえるのは、本当にうれしいです。正直なところ、予算がギリギリというか、実質的に使えるお金があまりありません。学生プロジェクトだから、仕方がないといえばそれまでなんですが、お金が限られていることを言い訳に、情報の質は絶対に落としたくないですから」

『使われるパンフレット』、この決意に、学生プロジェクトだからという甘えはまったく感じられない。安易な妥協を許さない純粋な姿勢には、見習うべきものがある。

「車いすの人だって本当は、京都に行きたいなあとか、有名なお寺にお参りしたいと思ってるはずなんです。絶対にそうですよ。でも、一人じゃ行けない。誰かに付いてきてもらったとしても、出先で思わぬトラブルがあれば、その人に迷惑かけてしまう。そう思うと、もういいやってなってしまうでしょう。そこを諦めなくて済むよう何とかしたいんです」

交通バリアフリー法が施行されて数年が経ち、確かにハードの整備は整ってきている。しかし、未だにソフトが追いついていないのだ。どこに、どんな設備があって、詳細はどうなっているのか。その設備は、自分が使えるのか、使えないのか。情報の整備はまだまだである。

「情報がありさえすれば、それで問題がすべて解決する、などと安易に考えているわけではありません。でも、きめ細かな情報さえあれば、外出のハードルがずいぶんと下がることは間違いないはず。だから、がんばらなくっちゃって感じですね」

車いすユーザーにモニター参加してもらい、障がい者の視点をも加えてフリーペーパー『車いすでおこしやす』は、来春リニューアル刊行される。その完成を待ち望む人は、全国にたくさんいるはずだ。

この記事の読者の中にもし、何らかの形でeasy京都観光への協力を考えてもらえる方がおられるなら、同プロジェクトまで連絡を取っていただければ幸いだ。


観たい場所を順番に、効率よく回るのに欠かせない順路案内



各施設の敷地内のバリアフリーマップ。
ポイント毎の写真もあるので、安心です。



調査の成果は印刷物の他、ホームページでも公開されています。



同志社ローム記念館プロジェクト・easy京都観光 
リーダー ん(右)
(同志社女子大学 学芸学部情報メディア学科2回生)
http://e-kan.in/

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